「花になって母の元に」息子への思い童話に切々と
四人の犠牲者と六十三人の患者を出した和歌山市の毒物カレー事件で、小学四年生の長男大貴(ひろたか)君(10)を失った母親、林 有加さん(37)がこのほど、息子への思いを「彼岸花」(ヒガンバナ)と題する童話にまとめた。十歳で亡くなった少年が母に会うため、花の姿を借りて人間界に舞い戻る物語だ。
事件後、ショックで寝込むことが多かった有加さんは、ラジオ局が短編童話を募集しているのを知り、応募した。
心の傷はいえないが「大貴を心配させないために、何かを始めなくては」との思いで、大貴君の勉強机で書き上げた。行間に母親の切なさがにじんでいる。(以上は新聞記事より)
「君のいじめているその子のことを、親はこれほど思っているんだよ」
「彼 岸 花」 林 有加作(全文 原文のまま)
ある年の七月、十才の少年の命の灯が消え、ひとつの魂が生まれました。
短かい命から生まれた小さな小さな魂でした。その小さな魂は、母が恋しくて、神に、もう一度だけ母に会わせてほしいと頼みました。
神は、その純心無垢な魂を不憫に思い、願いを聞き入れてくれました。
そして、神は、こう言いました。
「一日だけ、おまえを人間界にもどしてあげよう。ただし、人間の姿では、もどれない。母が、おまえの姿を見つけ、母の声を聞くことが出来たなら、いつか再び、親子として人間界に生まれかわることを許そう。しかし、母の声を聞くことが出来なかった時には、魂は、消えてなくなってしまうが、それでもよいか?…」
小さな魂は、九月半ば、母との思い出深い彼岸花の姿をかりて、母の住む家の近くの土手に、ひっそりと咲きました。
なつかしい家の窓には、悲しげに外を眺める母の姿がありました。
精一杯、健気に咲く一本の赤い彼岸花に目がとまったのでしょう。しばらくすると、母は、引き寄せられるかのように、ゆっくりと土手の方に近づいてきました。
そして、母は、彼岸花に顔を近づけ、語りかけました。
「もう、彼岸花の季節になったのね…。ひろくんは、いつも、お母さんのために、このお花を摘んできてくれたよね。ありがとう。」
母の目から涙がこぼれ落ち、声にならない声をふりしぼって言いました。
「ひろくん、おかえりなさい。」
そう言って、花をやさしく手で包み込みました。
なつかしい母の声とぬくもりでした。
その母のやさしい声を聞くことが出来た瞬間、<お母さん、ただいま! いつかまた、きっと、お母さんの子どもに生まれてくるからね。ありがとう、お母さん!>
彼岸花は、母の言葉と、いく粒もの涙を花びらで受けとめ、ひとすじの光となり、空に昇っていきました。
母は、空を見上げ、いつまでも祈りつづけました。
(1998年10月22日付徳島新聞より)
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